韓国経済.com

韓国の政治及び経済・日本の政治及び経済について、情報を提供します。
韓国経済 韓国社会 韓国政治 日本経済 日本社会 日本政治 韓国芸能 ショップ
韓国経済.com TOP  >  2010年07月

最新記事

金賢姫元死刑囚、後味悪い3泊4日の日本訪問!



大韓航空機爆破事件の実行犯で元北朝鮮工作員金賢姫キム・ヒョンヒ)元死刑囚による3泊4日の日本訪問は、後味の悪さを残して終了した。今回、金元死刑囚を招待した日本政府は「行き過ぎた歓迎だった」として非難を浴び、拉致被害者関連の一部団体は、「まともな情報が得られなかった」と不満をぶちまけた。訪問から4日後に、金元死刑囚は突き刺さるような視線を尻目に、日本政府が準備した小型ジェット機に乗って帰国した。

訪問初日の20日と翌21日、日本のマスコミは拉致問題の唯一の生き証人がやって来たとして、ヘリコプターまで動員して取材競争を繰り広げた。日本政府がチャーター機を手配した点、宿泊先が鳩山由紀夫前首相の別荘だった点など、当初は特に問題視されなかった。

しかし、金元死刑囚が20日から21日にかけ、拉致被害者の象徴的存在となっている横田めぐみさんの両親や田口八重子さん(別名リ・ウネ)の家族と面会した際、特に新たな情報が示されなかったことからムードが変わり始めた。

火に油を注いだのは22日の「ヘリ観光」だった。日本政府は金元死刑囚の宿泊先を鳩山前首相の別荘から東京都内のホテルオークラに移した。この過程で、日本政府は交通渋滞を理由にヘリコプターを使用した。鳩山前首相の別荘がある長野県軽井沢町から東京都の調布飛行場まで車で移動し、調布から東京江東区まではヘリコプターで移動した。通常は10分で移動できる距離だが、ヘリは40分間にわたって飛行を続けた。日本のメディア報道によると、ヘリは東京近郊の観光地である横浜、箱根、江ノ島などの上空を回ったという。金元死刑囚は当初、富士山を見たいと言っていたという。日本のヘリコプター運行会社によると、今回利用されたヘリコプターの使用料は1時間に80万円程度だという。



日本のメディアはさらに、「行き過ぎたパフォーマンス」と批判し続けた。23日付の朝日新聞朝刊は、「巨額の費用と人員を投じたにもかかわらず、拉致問題解決につながる新情報は得られなかった」と指摘した。同紙はさらに、「日本政府から謝礼」との見出しを掲げ、金元死刑囚が謝礼を受け取ったかのように報じた。ほかのメディアもまた、鳩山前首相の別荘にすしやフランス料理などが何度も配達されたと伝えた。

特定失踪者問題調査会の荒木和博代表は22日、金元死刑囚が滞在していたホテルを訪ね、金元死刑囚に行方不明者の写真を確認してもらおうとしたが、政府関係者に拒否された。荒木代表は「政府が(元工作員に)失踪者の写真も見せず、一緒にのんびり食事をしていることが本当に許されるのか。憤りを感じる。ヘリコプターの遊覧飛行は話にならない」と批判した。特定失踪者とは、日本政府が北朝鮮に拉致されたと公式に認定した人以外で、その可能性がある人たちを指す。

結局、中井洽拉致問題担当相は23日、「ちょっと上空を飛ぶことが、非難されるとは思わない。こんなことが非難されるのなら、世界中だれも情報持った人は日本に来ようとしないだろう」と反論した。同相は日本政府が金元死刑囚に謝礼金を支払ったとの朝日新聞の報道について、「一切ない」と否定した上で、ゲーム機、筆箱、ボールペンなどを記念品として手渡したと説明した。

拉致被害者家族は、新たな情報こそ得られなかったものの、「絶対に生きていますよ」という金元死刑囚の言葉に、「勇気をいただいた気がする」(横田めぐみさんの母、横田早紀江さん)と語った。

(朝鮮日報)

何故この時期なのか?… 税金を使っての効果と目的を明確にしていない日本政府は、何故国民に説明もないのか?

こういう事が信頼を低下させる事になる…。。。


小泉前首相は、自分で北朝鮮に行って拉致被害者を連れてきた! 何だかんだと言っても、結果として実績を出している。
何故田口さんを連れてこないのか、何故総理或いは関係大臣が韓国へ行き、結果を出さないのか?

元死刑囚を日本へ入国させるという異例を法務大臣が許可すると、また異例がまかり通ることになる。
何故異例なのかを明確にしないと、国民は信頼をしないだろう…。。。

もし金賢姫キム・ヒョンヒ)元死刑囚が拉致被害者を連れてくるなら、異例といえるが…

[ 2010年07月25日 12:38 ] カテゴリ:日本政治 | TB(0) | CM(0)

政治コラム:菅「消費税10%」と細川「国民福祉税」!

「消費税は2010年度内にあるべき税率や改革案の取りまとめを目指したい。当面の税率は、自民党が提案している10%を一つの参考にしたい」。参院選直前の6月17日、菅首相のそんな唐突とも思える発言で始まった今回の消費税論議は、参院選での民主党大敗を受けて、民主党の枝野幹事長が「当初想定していた期限にこだわらない」と表明するなど、大きく後退した感があります。

思い起こされるのは、1994年2月3日未明、細川首相が表明した「国民福祉税」構想です。もちろん類似と相違とがあるのですが、当時も連立与党の一員だったはずの菅首相が、なぜ「国民福祉税」の経験に学べなかったのか、ちょっと残念でなりません。

   ◆        ◆        ◆

細川首相の「国民福祉税」構想は、消費税を「国民福祉税」に衣替えして税率を7%とし、税収は「福祉、特に介護のほか、これに関連する社会資本整備に使う」というものでした。午前1時前という未明の異例の会見で「税率7%」がいきなり持ち出されたことに、まず国民はびっくりしました。さらに、7%の根拠について細川首相が「腰だめの数字」と言い放ち、「国民福祉税」への衣替えが姑息にみえたこともあって、社会党を中心に連立与党内からも批判が沸き起こり、結局、「国民福祉税」構想は、わずか6日で白紙に戻されました。

ただ、当時の税制改革論議を実際に取材していた立場からすると、それほどの意外感がなかったことを思い起こします。なぜかと言えば、最終的に政府・連立与党で合意できるかどうかは別として、水面下での議論は進んでいたからです。

   ◆        ◆        ◆

実際に読売新聞は、1994年1月20日朝刊1面で「消費税、名称変更を検討。『福祉税』など」の見出しで、「消費税を福祉の充実や社会資本の整備に重点的に使う姿勢をはっきりさせるため、名称を変更する方向で具体的な調整に入った」と報じています。さらに、1月31日朝刊1面では「消費税上げの場合、低所得層、非課税に。金券案など検討」の見出しで、「負担軽減は生活保護世帯や年金生活世帯を含む一定の所得水準以下の世帯を対象に実施する」として、菅首相も今回言及した「給付付き税額控除」に近い対策が取られると報じています。

7%という税率についても、1993年10月の段階で、当時の政府税制調査会の加藤寛会長が他紙のインタビューで私見を明らかにするなど、観測気球はすでに上がっていました。

それがなぜ頓挫したかと言えば、一般の国民にまで開かれた議論になっていなかったからです。未明という「闇討ち」にも似た会見に始まり、「腰だめ」発言が飛び出し、使途がその後の社会党との調整で一転「福祉目的税化」するといった経緯は、まさに「増税ありきではないか」という疑心暗鬼を呼び起こしてしまいました。増税を議論することさえ、国民の反発を招きかねないと、水面下で議論を続けた結果、いつしか国民と乖離してしまっていたのです。

   ◆        ◆        ◆

さて、今回の菅首相の「消費税10%」への言及です。確かに、財務相当時からギリシャ危機を教訓に財政健全化の必要性を強調はしていました。「自民党が提案している10%を一つの参考に」と話したように、自民党が政権公約で掲げた税率ですし、言ってみれば、相場観はあったような気がします。しかし、「まさか参院選の前に具体的な税率まで掲げるとは」という唐突感が、ごく近くの側近を除き、民主党内にも、一般の国民にもあったように思います。

さらに、水面下であっても、具体的な検討がどこまで行われていたのかとなると、もっと疑問符がつきます。給付付き税額控除を適用する年収が200万円?400万円で1日のうちに何度も変わったり、税収の使途が明確に示されなかったり、思いつき的に見えた部分が少なくありません。「国民福祉税」の方が、まだきちんとしていたような気すらします。

問題は、これからです。「国民福祉税」は頓挫しましたが、その問題意識は引き継がれ、先行した減税分の財源をひねり出す必要もあって、2年後の自社さ政権時代に消費税5%への引き上げが決まりました。今回も、いきなり首をすくめて議論を封印するのでなく、継続的に国民の前に開かれた議論をしていくことこそが重要なのです。

消費税は0%にできる―負担を減らして社会保障を充実させる経済学消費税は0%にできる―負担を減らして社会保障を充実させる経済学
(2009/07/17)
菊池 英博

商品詳細を見る


(読売新聞)

[ 2010年07月18日 21:53 ] カテゴリ:未分類 | TB(0) | CM(0)

北朝鮮で「金正日時代」の終わり支度!?

北朝鮮の金正日(キム・ジョンイル)総書記の銅像が、人民武力部の機関紙「朝鮮人民軍」(以下、軍報)で初めて公開された。

北朝鮮向けラジオ放送「開かれた北朝鮮放送」が16日に入手した5月11日付の軍報では1面に、「人民武力部の革命史跡館に新たに展示された、白頭山三代将軍の軍服像を序幕するイベントが行われた」という記事を掲載し、金日成(キム・イルソン)主席、金総書記、金正淑(キム・ジョンスク)氏(金総書記の生母)の銅像写真を公開した。

人民軍総政治局の金正覚(キム・ジョンガク)第1副局長は除幕式で、「わが国で初めて作られた最高司令官同志(金総書記のこと)の軍服姿の銅像を、人民武力部革命史跡館にまつることになったのは、わが人民軍隊が受けた最上の特典にして幸運」と語った。

金日成主席の銅像は、平壌の万寿台の丘をはじめ、北朝鮮内の至る所に広く存在しているが、金総書記の銅像が確認されたことはない。統一部の当局者は、「どこどこに行けば金総書記の銅像がある、という証言はたびたび聞かれたが、今回のように、国家レベルで製作した全身像が写真とともに公開されたのは初めて」と語った。

昨年韓国入りした幹部クラスの脱北者Aさんは、「かつて“将軍様の銅像を建てよう”という忠誠競争があったが、金総書記はいつもこれに反対だった。1980年代に出された、金父子の肖像画を並べて掲げようという提案も、当初は金総書記の反対により、官公署や一般家庭で金総書記の肖像画を掲げたり降ろしたりする混乱が見られた」と語った。

だが金総書記は、自分の銅像の建立に反対せざるを得ない。なぜならば、「金総書記の銅像の登場は、金総書記時代の終えんを意味するからだ」(安全保障部局の当局者)。金日成主席の銅像が本格的に建てられた時期が、金日成政権末期、すなわち金総書記が急浮上する時期と重なったのは、偶然ではない。

こうした点から、今回の銅像公開も、金総書記の有力な後継者、三男ジョンウン氏によって行われた可能性が高い。金総書記が政権を引き継ぐ過程で、「首領様」の偶像化を通じ正統性を獲得したように、ジョンウン氏も、「将軍様」を偶像化することによって、後継構図固めに本格的に乗り出した(キム・ヨンヒョン東国大教授)というわけだ。

金日成~半島が割れた時~ [DVD]金日成~半島が割れた時~ [DVD]
(2008/12/20)
ドキュメンタリー

商品詳細を見る


(朝鮮日報)

[ 2010年07月18日 21:47 ] カテゴリ:北朝鮮 | TB(0) | CM(0)

北朝鮮、元鉄道相も処刑!

労働者が機関車の部品を抜き取り密売した事件で責任取らせる

米国の自由アジア放送(RFA)は13日、北朝鮮の各地で最近、処刑された元幹部らの写真や出版物を処分する動きが盛んだ、と報じた。これらの作業は、今月2日に金正日(キム・ジョンイル)総書記が下した「方針」に従ったもので、出版検閲局の「79号室」が、全国から送られてきた関連文書を集め、廃棄しているとのことだ。

RFAによると、今回の作業の対象となった元幹部のリストには、貨幣改革の失敗の責任を取らされ、今年3月に処刑されたとされる、朴南基(パク・ナムギ)前朝鮮労働党計画財政部長のほか、キム・ヨンサム元鉄道相(写真)も含まれているという。

RFAは、「食糧難に苦しんでいた鉄道関係の労働者たちが、戦争に備えた予備物資である機関車から、銅やアルミニウムでできた部品をひそかに抜き取り、金属くずとして売ったため、約100台の機関車が廃車となる事件があった。2008年に国防委員会が検閲を行った際、この問題が発覚し、(キム元鉄道相が)国家安全保衛部へ連行され、翌年3月に処刑された」と報じた。

1998年9月に鉄道相に任命され、10年間務めてきたキム氏は、2008年10月にチョン・ギルス氏に交代させられた後、北朝鮮のメディアに登場していない。このため、統一部の関係者は「処刑説が出ているのは事実だ」と話している。

(朝鮮日報)



[ 2010年07月15日 19:14 ] カテゴリ:北朝鮮 | TB(0) | CM(0)

韓国軍:海兵隊が最終防御ラインまで到達!

「鬼でも捕まえる」といわれる海兵隊が最近、江原道洪川の陸軍科学化戦闘訓練団(KCTC)で行われた大隊レベルでの高地占領訓練で、KCTC創設以来初めて、対抗軍最後の防御ラインに当たる3塹壕(ざんごう)まで到達し、激しい戦闘を繰り広げた。そのため軍内部では今、この話題で持ちきりだ。KCTCの訓練場では、レーザー光線発射装置を搭載した小銃や感知器などのマイルズ装備を使用するため、実戦とまったく同じ形式での訓練が可能だ。

以前にも対抗軍が防御する3塹壕まで接近したケースは2回あるが、兵力がほぼ全滅し、わずか10人が3塹壕に到達するという結果に終わり、大きな成果と見なすことはできなかった。だが、今回の海兵隊による訓練では、2個小隊が対抗軍の3塹壕まで到達し、激しい戦闘を行った。高地の占領にまでは至らなかったが、あと少しで最終防御ラインを崩壊させる寸前だった。海兵隊大隊長のチン・ギュサン中領(中佐に相当)=海軍士官学校44期=は、今回の訓練における功績が認められ、陸軍参謀総長から表彰を受けた。

14日にKCTCと海兵隊が発表したところによると、今月6日午前7時から翌日午前11時まで行われた攻撃訓練で、海兵隊第1師団71大隊は、対抗軍が守る1塹壕と2塹壕を突破し、3塹壕まで到達して戦闘を行った。海兵隊は1塹壕を突破する際、一時は全兵力の40%を失うという危機的状況に陥ったが、大隊長が、対抗軍の守りが薄い地域に1個中隊を投入するなど、果敢な突破作戦を展開したことが功を奏し、最終的に今回の成果を導き出した。また、ある兵士は一人で対抗軍3人を射殺するという戦果を挙げ、仲間の士気を大きく鼓舞した。

2010-07-15-korea-1.jpg

KCTCの関係者は、「訓練に参加するほとんどの部隊はまず、対抗軍1塹壕ラインで戦うが、そこで兵力のほとんどを失って戦意を喪失する。しかし、今回の海兵隊による戦果は見事なものだった」と称賛した。2005年に大隊レベルでの訓練が始まって以来、KCTCで訓練を行った大隊クラスの部隊は102あるが、対抗軍の1塹壕を突破できたのはわずか10%ほどだという。

対抗軍の兵士は地形や障害物などに詳しい上、攻撃と防御を合わせて年間50回ほど戦闘訓練を行っている。そのため一般の歩兵大隊はもちろん、特殊戦司令部や海兵隊でさえ、何度も苦杯をなめた。

軍関係者は、今回の海兵隊第71大隊による戦果について、徹底した軍人精神と厳しい訓練による結果だと説明している。この部隊所属の将兵たちは、訓練への参加が決まった直後から、3カ月にわたり厳しいトレーニングを重ねてきた。KCTCで行われるのと同様、攻撃と防御双方の戦闘訓練を行い、また訓練場が海抜800?1000メートルの山岳地帯にあることも考慮し、高地での行軍訓練といった体力トレーニングにも力を入れたという。

米国カリフォルニア州には米陸軍の「科学化訓練団(NTC)」があり、KCTCはこの施設を参考に作られた訓練場だ。主に大隊クラスの部隊が使用し、1個大隊の訓練部隊が専門の対抗軍1個大隊と実戦形式の訓練を行う。訓練部隊は事前の打ち合わせを行わず、対抗軍が防御する高地を占領するか、あるいは対抗軍の攻撃から高地を防御するという戦闘訓練を実施する。訓練では、自炊のための施設が敵に破壊されると、食事もとれない状態で戦闘を行わねばならず、死亡者と見なされると、戦時と同様、死亡者用の袋に入れられ搬送されるなど、実際の戦闘を想定した演習が行われる。

(朝鮮日報)

[ 2010年07月15日 19:11 ] カテゴリ:韓国政治 | TB(0) | CM(0)
サイト内をキーワードや文書で検索
スポンサードリンク
人気記事
スポンサードリンク
最新コメント
お問い合わせ
管理人 MON
連絡先 monma@asahinet.jp