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若宮元朝日新聞主筆を悼む

若宮啓文元朝日新聞主筆の突然の訃報に接し、国は違っても35年間、同じジャーナリズムの道を歩み、友情を築いてきた筆者としては、悲報は信じられず、残念でならない。若宮氏を知る韓国の友人たちも、大きな衝撃と悲しみを禁じえずにいる。若宮氏は、生涯にわたって、コラムや論評などジャーナリズム活動を通じて、最近では研究活動や講演などを通じて、韓日関係の大切さを力説し、韓日関係の安定に向けて情熱を傾け努力してきた数少ない日本の知韓派知識人だった。

筆者は、若宮氏が朝日新聞社に入社後、ソウルに初めて留学した1981年から交流し、これまでジャーナリズム界と研究活動で同じ道を歩み、互いを通じて韓日関係を理解しようと努めてきた。時には指摘し合い、メディアを通じて映る両国関係の現象と将来について考えを共にしようと努力してきた。若宮氏がジャーナリズム活動によって韓日関係の改善と発展に寄与した跡は大きい。02年のサッカーW杯韓日共同開催を提案した若宮氏の社説は、実現に大きく貢献した。特に、05年の朝日新聞のコラムで、「日本が竹島(独島)を韓国に譲歩し・・」という論調で独島(ドクト)問題の解決策を提示した。

このコラムで、若宮氏は右翼から脅迫を受け、ネットユーザーなどから「売国奴」と非難されたが、所信を曲げずジャーナリズム活動を続け、若宮氏を応援する人々を感動させた。若宮氏は、日本の政治家の靖国神社参拝や改憲推進の動きに断固たる姿勢で反対を表明してきた。朝日新聞主筆時代の06年、ライバル紙の読売新聞主筆との対談で、「首相の靖国参拝反対」を主張した。また、07年5月3日の第60回憲法記念日には、21編の社説を8面にわたって掲載する画期的な企画で「護憲」を提案した。


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若宮氏と筆者は、08年の東京シンポジウム「戦後和解とメディアの役割」で、韓日両国の基調講演を務めた。私たちは、メディアは歴史和解のための平和推進者にすぎず、和解を妨害する「火薬運搬夫」になってはならないという共通の論理を展開した。
若宮氏は、ジャーナリズム界を離れ研究活動に専念しながらも、著述と講演などを通じて、韓日関係の明るい未来を祈る日本の国際派知識人だった。昨年8月、光復(日本による植民地支配からの解放)70年を記念した東亜(トンア)日報の筆者との対談で、若宮氏は「安倍政権の集団的自衛権行使は、日本が平和国家の看板を自ら下ろして戦争に巻き込まれるのではないか不安を抱く」と日本の将来を憂慮した。
 
今回、北京に発つ前日にソウルで筆者と昼食を共にし、「最近『日ソ国交正常化70年』関連著述を脱稿した」と安堵のため息をついた。精力的な研究、講演、国際会議の出席、著述活動でのストレスで少しやつれていた。これが最後の出会いとなった。
若宮氏は、韓国の文化人との交流も盛んだった。歌手の趙容弼(チョ・ヨンピル)から「恨五百年」を習い、韓日交流の席では毎度この歌を好んで歌った。すごい熱唱で、正確な韓国語の発音のうえ渋みもあって韓国の友人を感動させた。
長寿時代に68才の短い生涯はあまりにも残念だ。しかし、若宮氏が残した韓日関係の発展に向けた足跡は、非常に大きな影として私たちの胸に残る。 若宮氏、安らかにお眠り下さい・・・。
東亜日報
http://japanese.donga.com/Home/3/all/27/533267/1

【管理人 補足記事&コメント】
27日、ソウルから北京入り。同センターのスタッフと北京で合流したが、同日夜から体の不調を訴えていたという。28日昼過ぎ、電話をしても応答がないことを不審に思ったスタッフがホテルの従業員と部屋を確認したところ、浴室で倒れていた。1970年に朝日新聞に入社。長野支局時代に、部落差別の現状を伝える連載キャンペーンを展開。加筆して著書「ルポ現代の被差別部落」を刊行した。75年に配属された政治部では、宮沢喜一氏らの宏池会などを担当した。

2002年に論説主幹に就くと、「闘う社説」を掲げる一方、国際社会の中で日本がとるべき針路を改めて問うた。07年の憲法記念日に21本の社説を一挙に掲載した「提言・日本の新戦略――社説21」を主導。憲法9条は堅持しつつも、新しい平和安全保障基本法で自衛隊の役割を位置づけるべきだと主張した。小泉純一郎首相の靖国神社参拝では、読売新聞の渡辺恒雄主筆と雑誌「論座」で対談。両紙を代表する2人が足並みをそろえて「参拝反対」を訴えた。12年3月には、大統領復帰直前のロシアのプーチン首相と海外主要紙幹部とともに会見。日ロ間の領土問題について、プーチン氏から「引き分け」で解決しようとの発言を引き出した。朝日新聞退社後も追い続けたのは、日本の保守政治の「アジア観」だった。

日韓国交正常化50年の昨年、旧著に加筆して「戦後70年 保守のアジア観」を出版。昨年度の石橋湛山賞を受賞した。日中韓を中心とする国際交流に尽くし、韓国の大手紙・東亜日報にもコラムを書いていた。何といっても朝日新聞である。反日元朝日の若宮啓文氏とはいえ、韓国や中国記事を多く掲載した朝日新聞だが、慰安婦問題を抱えたまま、日本の歴史隠ぺいにかかわる若宮氏であるから、死人に口なし…、何とも言葉が無い…。



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[ 2016年05月02日 10:24 ] カテゴリ:日本社会 | TB(0) | CM(2)
グローバル化
日本は戦後自己否定し、謝ることしかしなかった。マスコミや外務省は日本否定を世界展開した。朝日新聞はグローバル化に挑戦しその過程で親韓と言う手段に出て慰安婦問題で墓穴をほって自滅した。勝手にグローバル化のために日本を利用したわけだ。潰れようが知ったこっちゃない。朝日新聞よりたちが悪いのは、大手マスコミがグローバル化のために親韓になった歴史を知らない他のマスコミ、特に東京新聞は理由なく大手を真似して親韓している。こいつらのたちが悪いのは韓国の新聞にコラムを連載していること。そして日本のあることないこと悪口ばかり書く。東京新聞こそ真っ先に潰さなければならない!
まあ、稲田さんが総理大臣に成ったら「凛として愛」と言う映画を上映可能にしてもらいましょう!
[ 2016/05/02 17:42 ] [ 編集 ]
死者に鞭打つ
 若宮啓文元朝日新聞主筆のした事は、日本国を世界に貶める事しかしなっかたことです、事実を報道しない出来ない、大馬鹿ものです、この大馬鹿者の為に日本は、どれだけの迷惑を被ったことか?
 私は基本的には死者に対して何も言わない人間ですが、この大馬鹿者が北京で客死したことを喜びます、好きだった韓国、中国を訪問出来てよったね若宮啓文さん、お前なんぞ早く死んでくれて清々する、ご冥福を祈るなどと一切言わない。
[ 2016/05/02 19:59 ] [ 編集 ]
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