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「アイフォン7」を抜いた「サムスン リコール」検索…米国市場で打撃続くか

グーグルの「トレンド」分析の結果、米国市場でギャラクシーノート7の異常燃焼によるサムスン電子のイメージ墜落が続いていることが明らかになった。

ギャラクシーノート7が発売された8月20日以後10月23日までのグーグルトレンド分析によれば、検索語「サムスン リコール」(samsung recall)が「アイフォン7」(iphone7)や「ギャラクシーノート7」(galaxy note7)という商品名より多く検索されたことが分かった。「サムスン リコール」は、9月2日に1次リコールを発表した時に最も検索頻度が高かった。その後アイフォン7が9月7日に公開され「サムスン リコール」を抜いたりもしたが、使用中止勧告(9月10日)と生産中断(10月11日)を前後して「サムスン リコール」がより多くのネチズンの関心を集めた。

グーグルトレンドは、検索エンジン「グーグル」で検索頻度の推移を分析するサービスで、ネチズンがどんなイシューに関心を持っているかを時間別、地域別に示す。特定の検索語に対する関心度が最も高い時を基準値100として、他の検索語を相対的偏差で比較する。今回の分析は大画面スマートフォンの最大市場である米国に地域を限定して調査した。

分析の結果、この期間に製品名「ギャラクシーノート7」の検索頻度には大きな変化がなかった。米国の消費者の注目は2年ぶりに出るアイフォン7に集まっていた。だが、これよりさらに圧倒的だったのは「サムスン リコール」だった。ギャラクシーノート7の米国市場向け輸出は100万台水準だが、異常燃焼によるリコールが消費者の関心をはるかに多く集めたことが窺える。


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販売中断後にも「サムスン リコール」に対する関心は依然として高いことが分かった。10月18日基準で検索頻度を見れば、「サムスン リコール」は「アイフォン7」に匹敵するほど高かった。後続措置が続いているものの、依然としてネチズンはリコールについて心配していているようだ。このことは、サムスン電子にとっては、リコールと関連して謝罪と補償を上手くこなせば、状況を逆転できる機会ともいえる。

検索語「グーグル ピクセルフォン」を分析対象に入れてみれば、ピクセルフォンに対する検索頻度が最も高いことが明らかになる。サムスン電子のスマートフォンとグーグルのピクセルフォンは、同じアンドロイドOSを使っていて、消費者が簡単に乗り移れる代替機に挙げられている。 韓国での検索頻度を示すネイバートレンドでは「ギャラクシーノート7」が「アイフォン7」と「V20」を検索頻度で上回っていることが明らかになった。アイフォン7は新製品公開当時には検索頻度が高かったが、ギャラクシーノート7に対するネチズンの関心は一貫して高かった。分析最終日の10月10日まで、ギャラクシーノート7に対する関心はアイフォン7より多かった。LG電子のV20の検索頻度は微小だった。
http://japan.hani.co.kr/arti/economy/25467.html

【管理人 補足記事&コメント】
1990年代、サムスンは急激な成長カーブを描き始めます。1992年に世界初となる64M DRAM製造に成功すると、徐々にDRAM市場でのシェアを拡大し、1993年には東芝を抜いて世界ナンバーワンのDRAM製造企業となった。この地位は現在に至るまで変わる事なく、現代のスマートフォンに使用されるDRAMの多くもサムスンが受注している。

半導体市場での成功はそのまま業績にあらわれる。90年代初めには1,900億円程度だった売上ですが、その後急拡大を見せ、93年には1兆円を突破する。その後も売上拡大は継続し、96年には2兆円を突破、99年には3兆円を突破した。とはいえ私が現代電子を指導した時には、サムスンは単に部品企業であるから、現代や金星社(LG)が目立ち、政治における支配力は金星社会長で、その次に現代であった。当時はサムスンへ売り込みはしなかったですね~。何せ魅力ある製品というイメージではないわけで、企業は大きいが…、というだけでしかない。

その後、スマホで急激に伸びたわけである。2009年稼働をメドにベトナムに工場を新設し、インド、ブラジルにも工場建設を実施した。日本向けのプレミアム携帯(高付加価値の携帯電話)は亀尾工場で製造した。つまり、マザー工場はあくまでも亀尾工場というわけだ。8900人の携帯電話要員の3割弱に当たる2400人が携帯電話専門の開発人員だ。当時は平均年齢22歳と若い職員は敷地内に2棟並ぶ宿舎から歩いて出勤してくる。宿舎の家賃はタダ。工場は1日8時間の3交代労働制で24時間稼動。1時間に10分間の休憩時間を除けば、「稼働率はいつも100%」だった。2007年に工場を増設することなく4割もの増産に対応できたのは、亀尾工場の現場力と言える。当時、亀尾工場の1万2300人の従業員のうち8900人が携帯電話要員。残りはハードディスクドライブ(2200人)やプリンタ(470人)、ストレージ(400人)だった。

しかし、スマホの輝かしい歴史も終わりとなった。スマホの部品は大した点数ではない。超小型ノートPCと考えればイメージがわくだろう。携帯電話はファックスと違って、規格を含めてシンプルだ。新製品売り切りであるから、利益率は高い。商売としては成功すれば儲かる仕事と言える。ただし、性能限界点までで、その後技術横並びとなれば、大きくの企業で利益を分け合う事になる。サムスンは結局は経済低迷とともに部品企業に戻り、過去の栄光を求めたが、半導体も技術横並びでは、利益を得るのは難しい。



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[ 2016年10月24日 10:31 ] カテゴリ:韓国経済 | TB(0) | CM(0)
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