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半導体宗主国・日本の没落の裏に…韓国の一足早いDRAM投資

ソウルでオリンピック(五輪)が開催された1988年。米国と日本の政府関係者は毎月、交渉テーブルで向き合った。「半導体協定の改定」が扱われた。日本半導体の米国市場シェアがあまりにも高いため、日本市場内の米国半導体シェアも10%から20%程度に高めようというのが案件だった。当時の交渉には東芝・日立製作所・NEC・東芝・富士通など日本の半導体メーカーとモトローラ・マイクロンなど米国企業の責任者も出席した。当時の半導体市場はほとんど両国が掌握していた。特に88年には日本の世界半導体市場シェアが50%を超えた。

日本半導体の地位は90年代に入って揺らぎ始めた。89年まで東芝、NEC、米国のTI社に続く4位だったサムスンは90年に市場シェア12.9%と、東芝(14.7%)に次ぐ2位に浮上した。追撃の背景には半導体史を変えるほどの「経営判断」があった。88年当時の業界はDRAMの集積率を高める競争をしていた。1メガDRAMまではチップの平面にセルをより多く入れる企業が技術優位を確保できた。しかし4メガDRAMからは集積度を高めるための立体設計技術を適用する必要があった。




世界の業界がこの「立体構造」について悩み始めた。ウェハー表面を掘ってセルを集積する「トレンチ工程」と層を積み重ねてセルを入れる「スタック工程」が新技術の候補だった。トレンチ方式はやや安全だが、掘るほど回路が見えず工程が難しくなり経済性が落ちた。スタックは作業は容易で経済性があるが、品質の確保が難しかった。日本と米国の先発企業もどの技術を選択するか決められない状況だった。

当時サムスン電子の陳大済(チン・デジェ)博士(現スカイレイクインベストメント代表)、権五鉉(クォン・オヒョン)博士(現サムスン電子副会長)は李健熙(イ・ゴンヒ)会長にこのように報告した。「トレンチは欠陥が発生すれば対応できないが、スタックはマンションのように上に積むのでその中を見ることができる。トレンチは検証できないが、スタックは検証できる」。李会長はスタック方式に進むよう指示した。
(略)
http://japanese.joins.com/

【管理人 補足記事&コメント】
大手企業が部品か製品かと言えば、基本的考えは製品となる。部品技術は中小企業となるだろう。半導体部品分野も特別に付加価値の高い商品とはいえ。部品企業を傘下に置き、そこに設備投資しつつ、本体はさらに高い付加価値商品に舵を切るのが普通だろう。フラッシュメモリーは常に設備投資がかかり、中小企業規模では無理な分野となるだけに、主力製品外で製造を実施するのが日本企業の本来の考え方とすれば、大半の電機メーカーは高付加価値産業へと変革するだろう。

半導体日本の没落とはいえ、よりよい高付加価値産業に舵を切れば、時代時代にあった企業改革となるわけで、執着する必要はない。また半導体製造設備・検査となると、日本はまだまだ強いわけで、それが出来ない韓国技術は常に同じ部品にこだわるしか道がないのも事実。DRAMからスマホに移行し、またDRAMに戻ったサムスンである。買収にも限界があるわけで、サービス面で他の同業他社に遅れれば、自社グループの連携では不足し、次の決め手に欠ける…。



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[ 2017年06月23日 12:19 ] カテゴリ:韓国経済 | TB(0) | CM(0)
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