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「製造業世界一」サムスン電子

経営学の教科書にも登場する韓国半導体神話の出発点だ。米日のライバル企業はダンピングでサムスンを締め付ける作戦に出た。しかし、厳しい「チキンゲーム」で勝ち残ったのはサムスン電子だった。ライバル数十社を全て打ち破り、最後の勝者になった。

サムスンが得意とするのは速度戦だ。64キロビットのDRAM生産ラインは「東京宣言」からわずか10カ月で完成した。その10カ月後には256キロビットのDRAMラインをつくり、ライバル企業を驚かせた。単にスピードという言葉では足りず、「超スピード経営」と呼んだ。リスクを恐れに思い切った賭けでもライバルを圧倒した。80年代半ばの半導体不況時にサムスンがライン増設に乗り出すと、米国はそれをまるで「真珠湾攻撃」だと書いた。無謀だという意味だ。しかし、サムスンの真珠湾攻撃は大成功を収めた。

サムスン電子の第2四半期(4-6月)の営業利益が製造業で世界トップを記録した。半導体好景気を追い風に14兆ウォンの営業利益を上げ、初めてアップルを超えた。IT界の「ビッグ4」と呼ばれるフェイスブック、アマゾン、ネットフリックス、グーグルの合計よりも多い額だ。韓国にも品目別の世界トップはたくさんある。70年代には韓国産のかつらがそうであったし、2000年代に入ると造船業が頂点に立った。しかし、サムスン電子は製造業全業種を通じて世界トップという点で次元が異なる。「製造業の王の中の王」になった形だ。
http://www.chosunonline.com/





【管理人 補足記事&コメント】
サムスンの電子工業への進出については、1960 年代の後半から綿密かつ組織的な調査がなされ、事業性が深く検討された。その結果として、後発メーカーが市場参入するにおいては、先進国の優れた企業との提携、外資との協力によって技術取得を目指すことが短期間で電子工業技術の習得に最も効果的な方法であると結論付けた。提携先としては、言語や地理的条件などを考慮した結果、日本の電子メーカーとの技術提携が決定され、合弁作業を具体化させるにおいては、その投資母体となる電子事業推進のため、1969 年1 月にサムスン電子工業株式会社が設立された。同年12 月にはサムスン三洋電機(後にサムスン電子に吸収合併(1977年))が設立され、電子産業に進出した。これは、当時急速に拡大していた韓国国内の需要市場をターゲットにした決定であった。1970 年1 月には、サムスンNEC(現、サムスンSDI)が設立され白物家電やAV 機器の生産が行われた。

半導体事業への進出は、1977 年には韓国半導体(1978 年3 月にサムスン半導体)を買収したことにより始まる。さらに、1980 年3 月には、韓国電子通信(1982 年12 月にサムスン半導体通信、1988 年11 月にサムスン電子に吸収合併)を買収した。この半導体事業への進出は、国内外からの反対意見も多かったが、緻密な調査とトップの英断があったことも見逃せない。1984 年5 月にサムスン半導体通信(現、サムスン電子)の器興VLSI 工場竣工式にて、当時会長であった李秉喆(グループ創業者) は、十分な投資余力がない中で大規模投資を踏み切るのは、先端産業の定着が韓国において是が非でも達成すべきものと確信しているとし、半導体事業を成功させるために社の全ての資源を総動員すると表明している。

この前年に半導体で先行する日本を目標とする「東京宣言」を発表しており、サムスン電子の東京支店が開設され、日本から韓国へ半導体製造装置の輸入が開始された。同年マイクロンより設計技術移転の支援を受け、6 ヶ月の開発期間を経てマイクロンと東芝に続く世界で3 番目の64k のDRAM を開発している。また、同時期に光州電子を合併し、サムスン電子工業からサムスン電子へと社名を変更した。他社企業との提携もその後も持続的に続けており、最近の例を挙げれば、ソニーとサムスン電子は、合弁で液晶パネルを製造するS-LCDを韓国の忠清南道に設立していた。ただし、この合併は、2011年、ソニー側が合弁会社の株式を全てをサムスンに売却する形で合弁を解消している。それ以外にも、サムスングループで2011年5月に宇部興産がサムスンモバイルディスプレイ(現、サムスンディスプレイ)と次世代ディスプレイ基板として期待されている液状形のポリイミドワニスを生産することで合弁会社を設立することで合意した。また、2012年7月には、サムスンLEDと住友化学がLED核心部品のサファイアウェハを生産するためにSSLM(Samsung Sumitomo LED Material)を設立し、韓国大邱の城西公団の敷地で工場建設の起工式を行っている。

韓国内では3層の研究開発組職を運営している。すなわち1~2年内に市場に投入する商品化技術を開発する各部門傘下の事業部開発チーム、3~5年後に有望となる中長期技術を開発する各部門の研究所、そして将来的に有望な核心要素技術を先行開発する総合技術院などにより、研究開発の構造を体系化している。総合技術院は、将来を牽引する最先端技術の産室として設立されたサムスン電子の中央研究所として、将来における稼ぎ頭の可視化と主力事業の競争力強化など、全社的に有望な成長分野に対する研究開発の方向性を提示するR&D 体制を構築している。海外では、アメリカ(SISA、DTL)、イギリス(SERI)、ロシア(SMRC)、イスラエル(STRI、SIRC)、インド(SISO、SISC)、日本(SYRI)、中国(BST、SSCR、SCRC、 SGMC) などの地域に研究開発組職を運営し製品開発及び基礎技術研究などの研究活動を遂行している。

これだけの組織をサムスン財閥が管理運営するのは無理となる。サムスン副会長は半導体に舵を切り、低価格スマホへ移行するとしながら、高級スマホは継続中である。スマホが占める利益は不可欠となる。多くの日本人技術者なしで運営は無理なわけで、現在はその日本人も減少し、組織管理の低下と、財閥管理の薄れから、各事業体は独り歩きし始めている。



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[ 2017年07月10日 10:52 ] カテゴリ:韓国経済 | TB(0) | CM(0)
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