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困ったときの韓国頼み…北朝鮮、合意破りの歴史

北朝鮮の金正恩(キム・ジョンウン)朝鮮労働党委員長が南北首脳会談の開催などで韓国側と合意した。だが、北朝鮮は金正恩氏の祖父、金日成(イルソン)主席時代から平然と合意を破り、挑発行為を繰り返している。 南北は1991年、「朝鮮半島の非核化に関する共同宣言」で合意。しかし、北朝鮮は93年に核拡散防止条約(NPT)からの脱退を宣言した。94年に北朝鮮は核問題解決に向け米国と枠組み合意をしたが、毎年50万トンの重油を受け取った末、2003年に合意は破綻した。

1996年には潜水艦による韓国への武装工作員侵入事件が発生。北朝鮮は遺憾を表明し再発防止を約束したものの、98年に潜水艦が再び韓国側に侵入した。2000年には初の南北首脳会談で南北共同宣言を発表し、その後、陸路での金剛山観光や開城(ケソン)工業団地の稼働など韓国からの経済協力事業が本格化した。だが、北朝鮮は06年に初の核実験を強行。07年にも南北首脳会談を行ったが、09年には2回目の核実験に踏み切った。10年には韓国海軍哨戒艦を撃沈し、韓国延坪島(ヨンピョンド)を砲撃。昨年は6回目の核実験や大陸間弾道ミサイル(ICBM)発射を強行した。

北朝鮮は今回、「対話が続く間、核やミサイルなどの戦略的挑発を再開しない」と約束した。これまでも韓国や米国との対話の間は軍事挑発は控え、対話を通し食糧や燃料、経済援助を受けた。一方で核・ミサイル開発は続け、現在にいたる。





金正恩氏が会談のため板門店の韓国側施設に来ることを韓国は「北の首脳が初めて軍事境界線を越える」とし「全世界にとって大きな意味がある」(趙明均(チョ・ミョンギュン)統一相)と評価している。1990年代初めに南北首脳会談を試みた韓国の盧泰愚(ノ・テウ)政権に対し、金日成氏が会談の条件をつり上げ、韓国側に会談を断念させた。この前例に比べれば、金正恩氏の対応は“破格”で、韓国にとっては隔世の感だろう。
http://www.sankei.com/

太陽政策は、1998年2月25日から2008年2月24日までの間、大韓民国(韓国)政府が採用していた朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)への外交的緊張緩和政策であり、金大中・盧武鉉政権下でこの外交政策が採用されていた。太陽政策の原型と言い得るものは1961年の5・16軍事クーデターで成立した朴正煕政権における「先建設後統一政策」に見られる。これはまず大韓民国の経済的発展を進め、その経済力を持って北朝鮮を圧倒して平和裏に北進統一を目指す政策であった。この一環として朴正煕大統領は日本国の佐藤栄作内閣総理大臣との間で日韓基本条約批准に成功し、大韓民国は東西冷戦の枠組みの中で、日本国から経済協力によって多大な投資を獲得、更にアメリカ合衆国から大韓民国国軍のベトナム戦争派兵の褒章もあり、「漢江の奇跡」と呼ばれる高度経済成長の基盤を築くことに成功した。

今の韓国は日本からの経済協力によって多大な投資期待がない。製造国としては中国に抜かれ、日本企業は撤退を始めており、財閥企業は半導体好調のみである。自動車産業も低迷し始めており、造船業は赤字受注である。これは韓国製造企業技術の伸びと低迷がほぼ10年周期となっていることに関係している。通貨危機ごとに国再編が実施され、そろそろ家計負債も、来年の元本返済年では大変なことになるだろう。ウォン安でも好転しなかった韓国経済は、サムスンにSKハイニックスの半導体と、LG電子の有機パネル供給に助けられたわけで、それも今年までとなる。中国企業の追い上げと、米国の利上げ、さらには不動産経済の限界点で、家計負債による圧迫は避けられない。韓国経済が好転する理由が見つからない今となっては、太陽政策の原型となる外交的緊張緩和政策は単に北朝鮮のための時間稼ぎでしかない。

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[ 2018年03月08日 10:07 ] カテゴリ:未分類 | TB(0) | CM(1)
北朝鮮も韓国と同じだ
韓国も慰安婦問題を持ち出し日本から賠償金をせしめては合意を破棄、これの繰り返し。
北朝鮮と全く同じだ。
やはり、同じ嘘で固めた恥ずかしい民族だった。
[ 2018/03/08 11:26 ] [ 編集 ]
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