韓国経済.com

韓国経済を中心に北朝鮮・中国・台湾・日本そしてアメリカの経済状況を説明するサイトです。
韓国経済 韓国社会 韓国政治 日本経済 日本社会 日本政治
韓国経済.com TOP  >  日本政治 >  安倍首相、「反省」に言及せず=戦没者追悼式!

安倍首相、「反省」に言及せず=戦没者追悼式!

2013-01-16-abe.jpg

第2次大戦で日本が降伏した日に当たる「終戦記念日」の15日、安倍晋三首相は東京都内で行われた政府主催の全国戦没者追悼式に出席し式辞を述べたが、アジア諸国の人々に対する謝罪や、戦争放棄への決意について言及しなかったため、論議を呼んでいる。

1993年の細川護熙首相以来、歴代の日本の首相は毎年の戦没者追悼式で「アジア近隣諸国の多くの国民に対し損害や苦痛を与えた。戦争に対する反省を基本とし、二度と戦争をしないことを誓う」という立場を表明してきた。安倍首相も第1次政権当時の2007年の戦没者追悼式では、このような趣旨の発言をしている。

だが今年は違った。安倍首相は式辞で「祖国を思い、家族を案じつつ、戦場に倒れられた御霊(みたま)や、戦禍に遭われ、あるいは戦後、遠い異郷に亡くなられた御霊の御前に、政府を代表し式辞を申し述べる」とし「(戦没者たちの)犠牲の上に平和と繁栄があるということを片時たりとも忘れない」と述べた。日本の侵略戦争によってアジア諸国の数多くの人々を死に追いやったことについては一言も触れず、日本人の犠牲だけを強調した形だ。

スポンサードリンク
毎日新聞は「安倍首相はアジア諸国に対する加害責任にも、不戦の誓いについても言及しなかった」と報じた。安倍首相は以前、かつての日本による侵略を認め謝罪した「村山談話」の見直しを提言したこともある。

「村山談話」を発表した当時の首相だった村山富市氏はこの日、共同通信とのインタビューに対し「(安倍首相は式辞で)外国に対し反省の意思を示し、戦争という過ちを繰り返さないという文言を盛り込むべきだった」と批判した。

一方、安倍首相は第2次大戦のA級戦犯が合祀(ごうし)されている靖国神社に参拝する代わりに、代理人を通じて玉串料(供物の費用)を送った。

http://www.chosunonline.com/site/data/html_dir/2013/08/16/2013081600441.html


原爆追悼式典「うんざりだ」

2013-08-16-k003.jpg

広島と長崎に投下された原爆について、イスラエル政府の高官が、「日本による侵略行為の報いだ。独り善がりの追悼式典はうんざりだ」などとインターネット上に書き込んでいたことがわかり、現地の日本大使館が、イスラエル外務省に抗議しました。

これは、イスラエル政府の高官で、近く首相府のインターネットを使った広報戦略の責任者に就任する予定だったダニエル・シーマン氏が、みずからのフェイスブックに書き込んでいたものです。

この中でシーマン氏は、今月6日に広島で行われた原爆の犠牲者を追悼する平和記念式典について、「独り善がりの追悼式典にはうんざりだ。広島と長崎での原爆投下は、日本が侵略行為の報いを受けただけだ。日本が追悼すべきは帝国主義や大量虐殺で犠牲となった中国人や韓国人だ」と書いていました。

この書き込みは、現在、削除されていますが、現地の日本大使館は、イスラエル外務省に抗議しました。

一方、首相府は、NHKの取材に対し、「書き込みは政府の立場を代表するものではない」と釈明し、シーマン氏は停職処分になっています。

シーマン氏は、過去に外国メディアを担当していた際に、イスラエルに批判的な記事を書いた記者を、事実上の国外追放にしたこともあり、物議を醸していました。

http://www3.nhk.or.jp/news/html/20130815/t10013807251000.html


ダニエル・シーマン

1961年、ドイツのアメリカ空軍基地で生まれた。1971年、両親はアメリカからイスラエルへ移民、アシュケロンに定住することとなった。

1979年、イスラエル国防軍に入隊した彼は、エリート落下傘部隊に所属し、1982年のレバノン内戦に従軍した。
1983年から1989年までニューヨークの総領事館で勤務したが、その間ニューヨーク市立大学ハンター校で学位を取得した。

その後、イツハク・シャミル、イツハク・ラビン、シモン・ペレス、ベンヤミン・ネタニヤフ、エフード・バラック、アリエル・シャロンの歴代内閣でスポークスマンなどを務めた。

また、アメリカ合衆国大統領・ビル・クリントン、イギリス首相・トニー・ブレア、カナダ首相・ジャン・クレティエン、オーストラリア首相・ジョン・ハワード、ヨルダンのフセイン国王、中国国家主席・江沢民のイスラエル訪問時のマスコミ報道責任者を務めた。2000年3月にローマ教皇・ヨハネ・パウロ2世が聖地を訪問した際にも外国メディア担当を務め、同年のIsrael Outstanding Civil Service Awardを受賞した。

外国メディア担当時に、イスラエルに批判的な記事を書いた記者を、事実上の国外追放にしたことがある。
2000年12月から2010年まで、GPOの長を務めた。2008年11月、リクードから国会議員選挙への出馬を表明したが、後に撤回した。

2013年8月6日、日本の広島市で行われた原爆追悼式典について、「日本による侵略行為の報いだ。独り善がりの追悼式典はうんざりだ」とフェイスブックに書き込んだことについて、日本大使館からイスラエル外務省へ抗議がなされた。イスラエル首相府は、彼の書き込みは政府の立場を代表するものではないと陳謝、シーマンは停職処分を受けた。同年8月、イスラエルの新聞社、ハアレツにレイシストであるなどの批判記事が掲載された。

ja.wikipedia.org より


関連記事

ブログパーツ
[ 2013年08月16日 10:18 ] カテゴリ:日本政治 | TB(0) | CM(0)
コメントの投稿












管理者にだけ表示を許可する
トラックバック
この記事のトラックバックURL

スポンサードリンク
月別アーカイブ
お問い合わせ

お問い合わせ
管理人 MON
連絡先 monma@asahinet.jp