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世界的にも珍しい日本の「表札」の習慣はどこから来たのか

2019年6月1日、台湾メディア・中国時報(電子版)は、「日本人はなぜ表札を玄関に掛けるのか」と題する記事を掲載した。記事は、「日本のアニメやドラマを見ると、主人公の家の玄関には名字の書かれた表札が掛かっており、時には家族全員の名前が書かれていることもある」と紹介。「安全面の問題を心配しないのだろうか?なぜ日本人はほとんどの人が表札を掛けるのか?」と疑問を呈した。

その上で、「表札の起源は1923年、明治時代中期に始まった現代の郵便制度から来ている」と紹介。「当時、流動人口が多く、住所を頻繁に変える人も多かったため、郵便システムを順調に普及させることが難しかったが、大正時代に入って人々の経済状況が良くなるにつれ、郵便システムが浸透していった」と説明し、「当時は多くの人が一軒家に住んでいたため、郵便物の配達が便利なように、表札を掛ける習慣が出来上がったのだ」と伝えた。

さらに「大正時代に発生した関東大震災で、多くの家屋を再建することになり、郵便配達員がどこに誰が住んでいるのかはっきりと分かるように表札を掛けることが広まり、現在に至る」と解説した。

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また、「古代では日本人の多くは名字がなく、19世紀に入って庶民も名字を持つようになったが、当時は名前だけの生活にすでに慣れており、字が読めない人もまだいたため、名字を持つことに無関心な人も少なくなかった」と紹介。「政府は全員が名字を使用することを強制し、徐々に名字を重視するようになった。その後、名字があることを誇らしく思うようになったため、玄関に名字を書いた表札を掛けることを光栄なことと見なすようになった」と解説している。
https://www.recordchina.co.jp/

日本で表札の習慣ができたのは、100年前後と言われる。表札を考える上で欠かせないのが「苗字」。明治になるまで苗字を持つ階級は、武士、公家、苗字帯刀を許された豪農、豪商等で、それ以外は僧侶を含め一般庶民には許されていなかった。だが、表札の起源ともいえる「看板」はかなり古くから存在していた。天長10年(833)、養老令の注釈書『令義解』には、その記述が残っている。看板の進化形が「屋号」となり、農家では「地形」や「地名」を、商家では「出身地」や「生業」などを屋号に使うようになったため、江戸時代に飛躍的に増えたと言われる。

大正12年(1923)、関東大震災が起こる。人々は、行方不明になった家族や親族の消息を尋ねたり、自分の無事を知らせたりするために、表札を揚げるようになったが。これがきっかけになり、表札の文化が全国に広がったと言われる。

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[ 2019年06月03日 09:16 ] カテゴリ:日本社会 | TB(0) | CM(0)
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