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韓国経済に影響を与え続ける日本の「植民遺産」

2020年11月19日、新浪財経は、韓国・サムスングループの李健熙(イ・ゴンヒ)会長が先月死去したことに関連し、日本の「植民遺産」と韓国経済の関係について論じた文章を掲載した。以下はその概要。10月25日に李会長がソウルで78歳で死去した。2014年に心筋梗塞を発症して以降、会社経営は事実上長男が担っていたが、サムスン帝国2代目逝去の知らせは、やはり世界各国から注目を集めた。

この訃報は大手メディアによって大きく報道されたが、メディア以外で真っ先に反応したのは日本の早稲田大学であり、深い哀悼の意を示す声明を発表した。李氏は1965年に同大学第一商学部を卒業し、2010年には同大学から名誉博士の称号を授与されていた。韓国の財閥トップが日本で高等教育を受けたケースは他にも多くある。歴史的な理由も絡んで、李氏に代表される韓国経済界は日本と切っても切れない関係性を持っているのである。

日本の植民時代に栄えた朝鮮半島の大企業は、日本の敗戦によってその輝きを失ったが、戦後に韓国で「漢江の奇跡」と呼ばれる経済発展を支えたサムスン、現代、LGといった新財閥はみな植民時代に創業していたのだ。李氏の父親で、サムスングループ創始者であるイ・ビョンチョル氏は1910年に慶尚南道の大地主の家に生まれた。1929年には早稲田大学政経科に入学して日本のマネジメント知識を学び、その後中退して朝鮮半島に戻り、馬山で精米所を立ち上げて実業家としてのキャリアを踏み出し始めた。当時は、朝鮮総督府の政令により設立された朝鮮殖産銀行から大きな金融支援を受けており、政府機関と良好な関係をつくったことも、会社を大きく成長させる大きな要因になった。

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1938年には三星商会という商社を設立し、日本の植民者が朝鮮半島や中国東北部に建設した先進的なインフラを利用し、安定的な成長を実現した。そして日本による植民統治終了後の1948年に三星物産を創設、朝鮮戦争で大きな利益を得ると、1950年には日本を視察に訪れるとともに、日本企業と良好な関係をつくった。さらに、日本の戦前の財閥を参考に組織の再構築を進め、1960年以降は日本の各界との意思疎通や世界の市場動向把握のために毎年年末を東京で過ごすようになった。1965年に日韓の外交関係が復活すると、サムスンは日本の制度を一層学んでいったのである。
https://www.excite.co.jp/news/article/Recordchina_20201121008/

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記事では、李氏は父親と同じ早稲田大学に進学した。そして、たびたび公の場で日本から学びたいと語り、日本式のOJT(新人教育)を積極的に取り入れ、人材育成に努めた。また、今や主力産業となっている半導体分野は、原材料の90%近くを日本から輸入しており、これを完全にストップすることは不可能と締めくくっている。そもそも財閥は、日本が敗戦後、日本を管理下に置いた米国から安く土地を買い入れ、企業を設立後、日本企業から設備或いは製造技術を学ぶことになる。

敗戦後の日本企業は、米国に追いつき追い越せとばかりに取り組んだ製造業のノウハウを韓国財閥が取り入れることになる。そして日本企業との提携を経て、日本技術を取り入れてきたわけで、結局自立に遅れ、今なお日本部材を含め、製造設備や検査設備に頼っている。

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[ 2020年11月22日 08:31 ] カテゴリ:韓国経済 | TB(0) | CM(0)
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