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ユン・ソクヨル「朴正煕の経済・社会革命、しっかり学ぶ」…保守層の結集狙う

国民の力のユン・ソクヨル候補は18日、朴正煕(パク・チョンヒ)元大統領時代を革命にたとえるとともに、李明博(イ・ミョンバク)元大統領の4大河川事業を守ると語り、大邱(テグ)・慶尚北道地域の保守感情を刺激した。与党批判には「イデオロギー論」を持ち出した。

ユン候補はこの日から1泊2日の予定で大邱・慶尚北道・蔚山(ウルサン)・慶尚南道への集中遊説を開始した。公式の選挙運動開始日の15日にも大邱を訪れているが、わずか3日で再び大邱・慶北地域を訪れ、支持固めを行った。慶尚北道亀尾(クミ)の朴正煕元大統領の生家を訪問したユン候補は、訪問録に「朴正煕大統領の経済・社会革命を改めてしっかりと学びます」と記した。さらに記者団には、「朴正煕大統領は経済開発5カ年計画を実行したほか、農村セマウル運動を通じて韓国の経済・社会革命を成し遂げた方」と述べた。朴元大統領を「革命」の主体と述べたもので、5・16軍事政変の正当性を遠まわしに強調したものと解釈される。

公式の選挙運動開始日の15日に大邱を訪れたのに続き、3日後に再び大邱・慶尚北道遊説を行ったユン候補は、演説の度に「朴正煕に対する郷愁」を刺激した。
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亀尾駅での演説では、「朴正煕大統領時代に慶尚道と全羅道がこのように分断され、これほど派閥争いになったのか。朴正煕大統領が1回目、2回目と大統領になったのは、全羅道の確固たる支持のおかげ」とし「朴正煕大統領は大韓民国の経済・社会革命を通じて、貧困と飢餓の中にあって、それでも我々が民主化を推進するだけの経済力と教育を作り出した」と述べた。ユン候補による朴正煕元大統領に対する称賛は、国政壟断捜査によって形成された朴槿恵(パク・クネ)前大統領とのぎくしゃくした関係をある程度解消しようとの試みとみられる。
http://japan.hani.co.kr/arti/politics/42608.html

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「漢江の奇跡」と呼ばれた1960年代から70年代の韓国の経済成長の最初の基礎は、1961年にクーデターによって成立した軍事革命政権によって築かれた。軍事革命の目的は、朝鮮半島北部の共産主義国家に対抗する強固な「反共国家」を建設することにあったが、重要なことは、軍事政権が経済建設を国家施策の最優先課題に据える構想を持っていたことである。「共産主義と対決しうる実力の培養」(革命公約第5項)にとって、「国家自主経済の再建」(同第4項)が不可欠であると考えたからである。

朝鮮半島の南北に分断された2つの国家は軍事的に対峙しあっていたが。朝鮮戦争休戦(1953年)以降、軍事的な衝突の危機がある程度、緩和されるとともに、両者の対抗は、経済建設の分野に移行していった。1960年代から70年代の韓国の国家運営においては、「北」に拮抗する軍事力の維持と同程度に、あるいは、それ以上に、「北」を凌駕するような経済建設が重要なパラダイムとなった。こうした経済成長戦略を強力に推進したのは、軍事革命政権期(1961~63年)から、民政移管後 の第 三共和国時代(1963~72年)、第四共和国時代(1972~79年:維新体制期)へと続いた朴正煕政権となる。

約20年間にわたって続いた朴正煕政権のあいだ、政治的には何度かの変動があったが、朴大統領が強い権限を有して主導する体制は揺るがず、また経済成長優先の国家戦略が追求された点では一貫している。朴正煕政権時代の経済建設の遂行において、経済開発5ヵ年計画はきわめて重要な意味を与えられていた。第1次計画以来、5年毎に大きな達成目標が設定され、目標実現のための具体的なロードマップが準備され、できる限り忠実にそれらを実現していく努力が傾けられた。

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[ 2022年02月19日 07:50 ] カテゴリ:韓国政治 | TB(0) | CM(0)
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