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終戦はまだ遠いのに…韓国!

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中央日報の戦争経験者で無い、恐らくは私と同年代?と思われる人のコラムにヒントが隠されている様だ。
ある記事で私の感想と照らし合わせてみれば答えが出そうだ。

記事を下記に掲載する。

人類の平和な生活を破壊する最も恐ろしい脅威の要因は地震と戦争だ。地震は自然災害、戦争は人災だ。先端科学文明も対応できないのが地震であり、戦争と戦争の破壊力は文明水準に比例してより大きくなった。2つが重なった中東のいくつかの国は最悪だ。韓国と日本はこの2つを一つずつ分け合う国だ。環太平洋プレートとユーラシアプレートがぶつかる「地震断層線」上に長く位置するのが日本列島なら、韓国は4大強国が激しい火炎を噴く「戦争発生線」上にある。第2次世界大戦は日本の致命的な失敗だった。地震に戦争を自ら重ねたのだから。

このような宿命に私たちはどれほど留意しているだろうか。韓国の近代は戦争と同時に扉を開いた。列強が欲を見せた最も遠くて激しかった戦線が韓半島だった。1885年に英国が南下するロシアを牽制しようと、巨文島を占領した。一触即発の危機は、幸い、清の仲裁で落ち着いた。今度は韓半島の主導権をめぐり清と日本が衝突した。平壌や牙山付近には清軍の遺体が山積した。日露戦争(1904)当時は鴨緑江の河口、牙山湾、南海で数千人が水葬された。その後、太平洋戦争で数万人が徴兵され、建国後にまた韓国戦争(1950-53)で山河が廃虚となった。停戦60年、軍事競争に加勢した北朝鮮が核実験をし、ミサイルを発射した。世界にこのような地域があるだろうか。それでも私たちは不発弾と遺体の上に都市を建設し、経済を成長させた。山河にまだ参戦勇士の断末魔が雑草のように茂ったままで。

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地震という“自然的天刑”に対する日本人の警戒心は日常に存在する。地震発生時の行動規則遵守マニュアルは公共知識であり、学生・市民は定期的に避難要領と応急処置術を身につける。それでも福島の津波で2万人が犠牲になった。日本政府が地震と防災研究に投入する費用は約17兆ウォン(約1兆5000億円)で、主要大学、地方政府、国策研究所が「ライフイノベーション」(生命革新)として防災対策に力を注いでいる。なら「戦争発生線」上に置かれた韓国は「近代文明の天刑」である戦争にどれほど関心を注いでいるだろうか。日本には世界的な地震研究所が多いが、韓国で戦争・平和研究所は聞いたことがない。ソウル大の平和研究所が唯一だ。停戦を終戦に、武力対立を平和共存に転換させるその「文明革新」を最高の原則とするなら、対北朝鮮政策で格・自尊心・条件をめぐってする争いは小人物の乱闘劇だ。

最近「対話録失踪」をめぐり白兵戦を繰り広げた政界が情けなくていう。公開的に尋ねたい、対話録を明らかにしたところで得られる政治的利益は何か。「そうです、その通りです、しかし…」で逆転させる故人の話法からみて真意をめぐる論争は終わらないはずだが、相手を抹殺すれば平和共存に一歩近づくのか。南北交流の小さな疎通の開城(ケソン)工業団地問題でさえ今まで解決できないというのに、西海(ソヘ、黄海)北方限界線(NLL)の真実攻防が韓半島の天刑を和らげられるのか。違う。それは怨恨の火種を生かし、有効期間が満了した冷戦効力を延長しようという政界の軽率で許されがたい政略だ。

還暦が近い筆者にも戦争の記憶はない。200万人の死傷者を出した韓国戦争の砲火は筆者にとって口伝文学のようなものだった。聞こえてくる話の中で最も強烈に残っているのは、亡くなった母の短い回顧だった。「真夜中に前の山で機銃掃射の光が見え、付近で爆弾が爆発した。朝まで防空壕に隠れた」。懐に抱かれた赤ちゃんは私ではなかった。その姉も戦争を覚えていない。タンクと機関銃の音、崩れた建物と遺体を鮮明に思い出せる戦争世代は人口の10%に減った。20年過ぎれば戦争体験世代はほとんど消滅し、韓国戦争はもう「戦慄の対象」ではなくなる。筆者もチョ・ジョンレの『太白山脈』やアンドリュー・サーマンの『最後の一歩』を読んで、何とかそのリアリティーを感知する。戦慄の感度が落ちれば日常的な関心から抜ける。それでも1世紀以上続いた危険千万な戦争発生線が弱まるわけではない。

過去の政権のように戦争の記憶を再点火させ、軍の士気を高めようということではない。戦雲が続く私たちの「運命の地図」が全く変わっていないという事実を、戦争の記憶がない筆者自身に、そして戦慄の感度がさらに落ちる子どもの世代に喚起したいのだ。何よりも骨肉相争う怨恨を大衆的に動員し、高地に進撃するあの情けない政界を一喝したい。停戦60年が経過したが、終戦協定を経て平和発効地帯に行く道を開くことができなければ政治をやめろと。

(中央日報)


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[ 2013年07月31日 20:20 ] カテゴリ:未分類 | TB(0) | CM(0)
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