中国の平和的台頭:強さによる平和
(米「パシフィックフォーラム CSIS」ニュースレター、2014年25号)
中国の台頭が平和的であるのかどうかについての議論が続けられている。中国の戦略的行動や思想は「平和的台頭」という考え方に支えられているように見えるが、それは中国の平和を愛する性質からではない。むしろ目的達成のために武力を行使するのは下策であり、それほど有効でもないと考えるからである。軍事戦略家である孫子が論じているように、「戦わずして勝つ」ことが最高の「兵法」なのである。したがって、中国はその優れた力がいずれ戦争に対する最も有効な抑止力になることを望みつつ、紛争を回避することによってその力を増強しているのだ。
中国は、「平和的台頭」(「平和的発展」の方がより脅迫的表現ではない中国語だが)が国の近代化の基本理念であると10年以上にわたって主張してきた。歴史的に見ると、国際秩序は権力闘争や軍事衝突によって形作られ確立されてきたが、中国の戦略は、他の台頭国とは異なり、国際システムにおいて平和的に台頭する道筋を追求するものである。
つい最近、中国はこの「平和的台頭」を達成するための試みとして、アメリカとの「大国関係の新しいモデル」を提唱した。勢力を増している中国はアメリカと対立するつもりはなく、軍事力によって力の均衡を変化させるつもりもないということをアメリカに確信させたいと考えている。この論法によると、おそらくいつか中国がアメリカに代わって地域の、そして世界のスーパーパワーになるまで、アメリカと中国が互いに競争を通して平穏に協力的に働くことができるはずである、ということになる。
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軍事衝突は望んでいない
「平和的台頭」戦略には答えを示していない論点が2つある。第1の論点は、なぜ中国が平和を望むのかについて本当の説明が提示されていないことである。
実際には「中国が平和を愛する国である」という中身のないレトリック以外に、より実質的な理由が平和を希求する背後に潜んでいるのだ。例えば、中国が軍事衝突を避けたいと思っている最も直接的な理由は、軍事衝突は、中国政府が国内の経済発展に必要としている友好的な対外環境を弱体化させるからである。
また、より深く実際的なレベルで考えてみると、中国は勝算がないと分かっている戦いはしない。アメリカの地域的役割や影響力を考えると、もし中国がより弱小の近隣諸国との戦いを決意すれば、アメリカとの対立はおそらく避けることができない。中国政府が争いを避けて「その時機をうかがい」、力の増強に取り組む最も根本的な理由がここにある。
第2の論点は、「平和的台頭」戦略は、中国の勢力が伸長しつつある時期に計画され広められたので、台頭後の中国の行動については現実的に見通すことがほとんどできないということだ。中国の高官やアナリストたちが、政策の矛盾を「状況の変化」を引き合いに出して巧みに擁護するように、「平和的台頭」の理念も、中国が世界のトップの地位を獲得し、その政策はもはや「都合のいいもの」と感じなくなった後に、簡単に捨てられてしまうかもしれないという危惧がある。
中国の軍事増強は平和のため
中国は今もなお平和的に勢力を増強することに熱心に取り組んでいるように見える。「全方位」外交政策の下で、政治体制や勢力状況にかかわらずほとんどの国々と良い関係を作ろうとしてきた。アフリカ、中東からヨーロッパ、ラテンアメリカなどまでというように、それらの国々との友好的な政治的関係を構築し、かつ豊富な経済施策を提供することに熱心に働いてきた。最も困難であるアメリカとの関係でさえ、中国政府は軋轢を上手く処理し、協力関係を促進するように懸命に努めてきた。
ただ1つ中国が引き下がらない争点がある。それは「核心的国益」と見なされるものについてである。つまり台湾、新疆、チベット、そして若干議論の余地はあるものの近隣諸国との領土紛争と言っていいだろう。
この数年間、これらの問題について威圧的に従わせようと中国が行った軍事的・外交的・経済的試みは、「攻撃的」との評価を国際的に得ている。
海洋上の紛争に関しては、その権利を主張する弱小な東南アジア諸国に対して、中国は躊躇することなく軍事的優位性を有効に使った。また、尖閣諸島をめぐって日本との軍事衝突寸前の段階に達するまでには、そう長い時間はかからなかった。
国境紛争に関しては、誤算や状況の深刻化という現実の危険にもかかわらず、中国はインドと「テント対峙」(訳注:中印国境紛争における両軍のにらみ合い)をすることに何のためらいもなかった。さらに加えて、ノルウェー産サーモンのボイコットから日本へのレアアースの輸出の中断まで、中国はそれらの国々を威圧する「経済外交」を巧みに実践するのである。
これらの「攻撃的」な動きが中国の非平和的な意向の表れではないかというのには議論の余地がある。軍事力の使用は非常に有効かつ重要な脅威になり得るが、威圧するために武力を実際に使用する必要はない。日本やフィリピン、ベトナムの立場から見れば、領土問題の解決に、中国の総合的な国力や軍事的・経済的な威圧手段を用いるという中国政府の決意は、明らかに侵略的な目的を示唆していると言える。
ただし、別の視点から見ると、他国と妥協することによって中国国内での中国政府の正当性が脅かされる可能性が明らかな場合を除いて、中国は平和的発展の道を追求しようとしてきたと主張することができる。中国は「平和」を通して力の増強を追求しているが、ひとたびその強さが優勢的になれば、その力は中国に平和を究極的に保証するのものとなるだろう。
人民解放軍の将軍が述べているように、中国の軍事増強は「外国の封じ込め政策および挑発に対する最も効果的な抑止力」なのである。したがって、国防予算の増加に加えて、弾道ミサイルテストや航空母艦の開発、東シナ海における防空識別圏の設定のような中国の一見攻撃的な動きは、それが最終的にどんなに威圧的であろうとも、中国の視点から見れば「平和的」なのである。
抑止力と威圧が戦争を防ぐ
中国の政策は必ずしもアメリカや近隣諸国と戦闘することを目的としているわけではない。しかし、中国政府は、紛争が起こった場合には勝利できる能力を発展させようと必死になっている。これは、「強さによる平和」や「戦わずして勝つ」ことの中国政府版なのである。
中国は、抑止力と威圧が、戦争を防ぐ最も強力な防衛力であると考えている。そのために勝利を保証する優れた力を獲得しようとする。もし中国と、その敵対する相手が、いかなる紛争においても中国が勝利するだろうと共に判断すれば、敵対国の戦闘意欲を初めの段階で萎えさせることができると期待されるのである。
これは国際社会にとって朗報ではないかもしれない。このような論理や、中国のこれまでの実績は、強さによって戦争を防ぎ平和を維持することが中国の望む戦略であるかのよう示唆しているが、だからといって中国がそれほど威圧的でないということを示しているのではない。
中国の台頭が平和的であるかどうかという究極の問題について答えを出すのは難しい。だが、中国による平和的台頭の主張とそれが提示する問題点について、より微妙な意味合いまでをも理解することが目指されてしかるべきなのである。
(本記事は筆者個人の見解を述べたものであり、必ずしもパシフィックフォーラムCSISあるいはCSIS[戦略国際問題研究所]の見解を代表するものではありません。)
[筆者プロフィール]
Yun Sun:ヘンリー・L・スティムソン・センター(ワシントンDC)の東アジアプログラム研究員。
http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/40460
中国の台頭が平和的であるのかどうかについての議論が続けられている。中国の戦略的行動や思想は「平和的台頭」という考え方に支えられているように見えるが、それは中国の平和を愛する性質からではない。むしろ目的達成のために武力を行使するのは下策であり、それほど有効でもないと考えるからである。軍事戦略家である孫子が論じているように、「戦わずして勝つ」ことが最高の「兵法」なのである。したがって、中国はその優れた力がいずれ戦争に対する最も有効な抑止力になることを望みつつ、紛争を回避することによってその力を増強しているのだ。
中国は、「平和的台頭」(「平和的発展」の方がより脅迫的表現ではない中国語だが)が国の近代化の基本理念であると10年以上にわたって主張してきた。歴史的に見ると、国際秩序は権力闘争や軍事衝突によって形作られ確立されてきたが、中国の戦略は、他の台頭国とは異なり、国際システムにおいて平和的に台頭する道筋を追求するものである。
つい最近、中国はこの「平和的台頭」を達成するための試みとして、アメリカとの「大国関係の新しいモデル」を提唱した。勢力を増している中国はアメリカと対立するつもりはなく、軍事力によって力の均衡を変化させるつもりもないということをアメリカに確信させたいと考えている。この論法によると、おそらくいつか中国がアメリカに代わって地域の、そして世界のスーパーパワーになるまで、アメリカと中国が互いに競争を通して平穏に協力的に働くことができるはずである、ということになる。
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軍事衝突は望んでいない
「平和的台頭」戦略には答えを示していない論点が2つある。第1の論点は、なぜ中国が平和を望むのかについて本当の説明が提示されていないことである。
実際には「中国が平和を愛する国である」という中身のないレトリック以外に、より実質的な理由が平和を希求する背後に潜んでいるのだ。例えば、中国が軍事衝突を避けたいと思っている最も直接的な理由は、軍事衝突は、中国政府が国内の経済発展に必要としている友好的な対外環境を弱体化させるからである。
また、より深く実際的なレベルで考えてみると、中国は勝算がないと分かっている戦いはしない。アメリカの地域的役割や影響力を考えると、もし中国がより弱小の近隣諸国との戦いを決意すれば、アメリカとの対立はおそらく避けることができない。中国政府が争いを避けて「その時機をうかがい」、力の増強に取り組む最も根本的な理由がここにある。
第2の論点は、「平和的台頭」戦略は、中国の勢力が伸長しつつある時期に計画され広められたので、台頭後の中国の行動については現実的に見通すことがほとんどできないということだ。中国の高官やアナリストたちが、政策の矛盾を「状況の変化」を引き合いに出して巧みに擁護するように、「平和的台頭」の理念も、中国が世界のトップの地位を獲得し、その政策はもはや「都合のいいもの」と感じなくなった後に、簡単に捨てられてしまうかもしれないという危惧がある。
中国の軍事増強は平和のため
中国は今もなお平和的に勢力を増強することに熱心に取り組んでいるように見える。「全方位」外交政策の下で、政治体制や勢力状況にかかわらずほとんどの国々と良い関係を作ろうとしてきた。アフリカ、中東からヨーロッパ、ラテンアメリカなどまでというように、それらの国々との友好的な政治的関係を構築し、かつ豊富な経済施策を提供することに熱心に働いてきた。最も困難であるアメリカとの関係でさえ、中国政府は軋轢を上手く処理し、協力関係を促進するように懸命に努めてきた。
ただ1つ中国が引き下がらない争点がある。それは「核心的国益」と見なされるものについてである。つまり台湾、新疆、チベット、そして若干議論の余地はあるものの近隣諸国との領土紛争と言っていいだろう。
この数年間、これらの問題について威圧的に従わせようと中国が行った軍事的・外交的・経済的試みは、「攻撃的」との評価を国際的に得ている。
海洋上の紛争に関しては、その権利を主張する弱小な東南アジア諸国に対して、中国は躊躇することなく軍事的優位性を有効に使った。また、尖閣諸島をめぐって日本との軍事衝突寸前の段階に達するまでには、そう長い時間はかからなかった。
国境紛争に関しては、誤算や状況の深刻化という現実の危険にもかかわらず、中国はインドと「テント対峙」(訳注:中印国境紛争における両軍のにらみ合い)をすることに何のためらいもなかった。さらに加えて、ノルウェー産サーモンのボイコットから日本へのレアアースの輸出の中断まで、中国はそれらの国々を威圧する「経済外交」を巧みに実践するのである。
これらの「攻撃的」な動きが中国の非平和的な意向の表れではないかというのには議論の余地がある。軍事力の使用は非常に有効かつ重要な脅威になり得るが、威圧するために武力を実際に使用する必要はない。日本やフィリピン、ベトナムの立場から見れば、領土問題の解決に、中国の総合的な国力や軍事的・経済的な威圧手段を用いるという中国政府の決意は、明らかに侵略的な目的を示唆していると言える。
ただし、別の視点から見ると、他国と妥協することによって中国国内での中国政府の正当性が脅かされる可能性が明らかな場合を除いて、中国は平和的発展の道を追求しようとしてきたと主張することができる。中国は「平和」を通して力の増強を追求しているが、ひとたびその強さが優勢的になれば、その力は中国に平和を究極的に保証するのものとなるだろう。
人民解放軍の将軍が述べているように、中国の軍事増強は「外国の封じ込め政策および挑発に対する最も効果的な抑止力」なのである。したがって、国防予算の増加に加えて、弾道ミサイルテストや航空母艦の開発、東シナ海における防空識別圏の設定のような中国の一見攻撃的な動きは、それが最終的にどんなに威圧的であろうとも、中国の視点から見れば「平和的」なのである。
抑止力と威圧が戦争を防ぐ
中国の政策は必ずしもアメリカや近隣諸国と戦闘することを目的としているわけではない。しかし、中国政府は、紛争が起こった場合には勝利できる能力を発展させようと必死になっている。これは、「強さによる平和」や「戦わずして勝つ」ことの中国政府版なのである。
中国は、抑止力と威圧が、戦争を防ぐ最も強力な防衛力であると考えている。そのために勝利を保証する優れた力を獲得しようとする。もし中国と、その敵対する相手が、いかなる紛争においても中国が勝利するだろうと共に判断すれば、敵対国の戦闘意欲を初めの段階で萎えさせることができると期待されるのである。
これは国際社会にとって朗報ではないかもしれない。このような論理や、中国のこれまでの実績は、強さによって戦争を防ぎ平和を維持することが中国の望む戦略であるかのよう示唆しているが、だからといって中国がそれほど威圧的でないということを示しているのではない。
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