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天皇と皇后、高麗神社に初参拝

明仁天皇=写真=と美智子皇后が20日、埼玉県日高市にある高麗(こま)神社を参拝することが分かった。高麗神社は高句麗滅亡後、日本に定着した流民(日本では渡来人)たちが高句麗最後の王「宝蔵王」の息子「高若光」(日本名:高麗若光〈こまのじゃっこう〉)を迎えるため建てた。天皇と皇后が高麗神社を参拝するのは初めてだ。

読売新聞などによると、天皇と皇后は20日から1泊2日で埼玉県を旅行し、日高市の高麗神社を訪れる予定だという。宮内庁は「私的旅行」と言っているだけで、訪問の背景などは明らかにしていない。

天皇と皇后が来年の退位を前に、日本国内にある韓半島(朝鮮半島)を象徴する高麗神社を訪問することは、反省と和解のメッセージを送るためではないかという解釈もある。

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高句麗滅亡後、日本に亡命した高若光は716年に流民たちを集めて高麗郡を設置した。日高市一帯は19世紀末まで高麗郷、いわゆる「高句麗村」と呼ばれていた。近くには「高麗」という言葉が地名・姓・地元企業名などで残っている。

日本最古の神社の1つである高麗神社は、1300年間にわたり高句麗の流民たちが「韓民族の末裔(まつえい)」として中心的な役割をしてきた。昨年、在日韓国人らが800万円を集めて神社の入り口に高句麗の象徴「三足烏」が刻まれた「高麗郡創設1300周年記念碑」を建てた。
http://www.chosunonline.com/

【管理人 補足記事&コメント】
高句麗または高麗は、現在の中国東北部の南部から朝鮮半島北中部の国家。最盛期は満洲南部から朝鮮半島の大部分を領土とした。三国時代に新羅や百済と共に朝鮮半島を割拠し、隋や唐等の中国王朝や倭国と勢力を争った。『三国史記』や『三国遺事』によれば朱蒙(東明聖王)が紀元前37年に高句麗を建てた。考古学や史は高句麗は紀元前2世紀の古朝鮮の滅亡時期の周辺に既に存在したとする。疲弊と内紛の後に668年に新羅と唐の連合軍に滅ぼされるまで、高句麗は東アジアにおいて強い影響力を持つ帝国であり軍国主義国であった。

高句麗は紀元前37年に夫余の王族である朱蒙(チュモン)により建てられた。分離した一族は南下し、のちに百済を建国した。ドラマ人気で、朝鮮の歴史を知る人は増えたのではないか。結果今の南朝鮮と北朝鮮があるわけで、北朝鮮は高句麗にあたる。北と南で折り合いが合わないのは、国を建国してからずっとである。渡来人とは、広義には、海外から日本に渡って来た人々を意味するが、歴史用語としては、4世紀から7世紀頃に、中国大陸及び朝鮮半島から日本に移住した人々を指すことが多い。




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[ 2017年09月20日 10:49 ] カテゴリ:日本社会 | TB(0) | CM(0)
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